男子の枕中記

日記ブログです。映画と本の話をすると思います。

2019年現時点での『LEGO®ムービー』論


人生ベスト

LEGO®ムービー』(2014)

 この作品を単なるレゴブロックのコマーシャル映画だと侮らないでいただきたい。『LEGO®ムービー』は私の人生ベスト映画なのだ。
 いま最も活躍しているエンターテイナーとしてフィル・ロードクリストファー・ミラーの名前を挙げてもあながち間違いではないだろう。ロード&ミラーはこの10年で世界的なヒットを次々と飛ばしている。中でもその名を一躍有名にしたのが長編映画監督 第三作目の傑作『LEGO®ムービー』である。


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あらすじ

■特徴もなく、ただマニュアル通りの日常を繰り返すことになんの疑問も抱いていない平凡なLEGOフィギュアの作業員エメットは、ひょんなことから世界を救う「選ばれし者」と間違われてしまい、LEGOワールドを思うがままに支配しようと企むおしごと大王の野望を阻止する冒険に出るはめに。ヒーローになる覚悟も自覚もないエメットだったが、世界を救うため個性的な仲間や人気ヒーローたちと悪に立ち向かっていく。(映画.comより)■

 

レゴブロックの質感を表現する映像

 ほかの作品にはない『LEGO®ムービー』のならではの大きな魅力はその映像にある。レゴブロックの質感を完全に再現したCGアニメーション。ブリックフィルム(レゴのコマ撮り動画)さながらの映像に驚嘆するだろう。
 巨大なビル群も、巨大な海賊船も、大海原も、大爆発も、シャンプーの泡も、全てコンピュータ上で組み立てられた3Dモデルのレゴなのだ。
 更に目を凝らすときめ細かいテクスチャが施されているのに気がつくだろう。ミニフィグについた指紋、剥がれたプリント、ブロックに付いた爪痕等々、フェティッシュなショットが数多くある。西部劇の世界では日焼けしたパーツが用いられているのも気が利いている。

 しかも、これらの細かい演出は、物語の構造と密接しているのがミソだ。ロジックが伴った上での映像表現方法。マニア心を悦ばせるだけではなく、物語に奥行きをもたらしている。
 

LEGO®ムービー』の創造論
 映像だけではない。『LEGO®ムービー』はたった1時間半でレゴ遊びを通じて、芸術・クリエイティビティ論を語り尽くしている点において傑作として名高いのだ。
 まずレゴブロックとは何だろうか。一つでは何でもない2×4ブロックでも、たった六つ集まれば9億1510万3765通りの可能性が開かれる。レゴブロックで遊ぶとき我々は、我々なりのクリエイティビティを駆使してその可能性の中をかき分けていく。

 


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 この物語の主人公エメットは没個性的でインストラクション(=説明書)に従順な創造性のない男として登場する。目の前にあるブロックを組み替えることなどできないと信じて疑わない。インストラクションから逸脱してはならないと信じて疑わない。彼は可能性と自由意志を奪われた存在だ。にもかかわらず、「選ばれし者」として物語の主人公として登場する。
 監督・脚本のフィル・ロードクリストファー・ミラーはこう語る。    
「一七歳の学生らに「この中で歌って踊ってくれる人はどれだけいる?」と尋ねても誰も手を上げない。一方、七歳の子供たちに同じように尋ねると、自ら進み出て歌って踊る。七歳と一七歳の間の十年で何が起きているのだろうか。それが『LEGO®ムービー』製作にあたっての主たる疑問だった」
 子供から大人になるにあたって、創造性を妨げ、可能性を奪ってしまうものとは何か。子供から大人までが熱中するレゴを題材にしたファミリー映画に最適な問いである。


 ロード&ミラーは二つの原因を仮定し、物語に組み込んだ。

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 一つ目は「父=法」の構造である。これは悪役ロード・ビジネスとして顕れる。

 権力者が上からインストラクションを課して世界を支配するという設定は無論レゴ製品の説明書をメタ的に取り入れたものである。しかし、ロード&ミラーはこれを悪役に置いたことで古典的な〈父親殺しの物語〉のプロットと、芸術作品に対する法的規制の問題等に対する批評性を引き出してみせた。

 


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 二つ目は、「クリエイターのスノビズム」だ。これはヒロイン・ワイルドスタイルが乗り越えるべき障害物として設定される。

 彼女は『LEGO®ムービー』の第二の主人公だ。エメットをはじめ創造性の無い人々を見下すスノッブだった彼女がエメットと出会い、市井の人々に秘める創造力を信じるにまで至るのが彼女の物語だ。馬鹿げたアイディアであってもエメットに創造性を行使することを認めるのが彼女の成長である。つまり彼女のゴールは創作活動のデモクラタイズである。
 この発想はフィル・ロードクリストファー・ミラーの製作スタイルが民主的であることと強く結びついている(映画製作は大抵民主的なのかもしれないが...)。彼らの音声解説を聴くと、他のスタッフのアイディアを積極的に取り入れる製作スタイルがわかる。『くもりときどきミートボール』のオープニングでは「A FILM BY A LOT OF PEOPLE」と掲げられ、『21ジャンプストリート』『LEGO®ムービー2』では他者とのコミュニケーションで起こる摩擦の重要性を説いている。二人は大勢のスタッフを重んじる民主的なクリエイターなのだ。

 ロード&ミラーは創造性を妨げるものとして「父=法」と「クリエイターのスノビズム」を挙げ、処方箋として「父親殺し」という物語的な解決策と「創作活動の民主化」という実用的な解決策を打ち出した。

 

 しかし、「創作活動の民主化」は物語の根幹を揺るがす一手だった。
 ヒーローズ・ジャーニーの主役である「選ばれし者」と、父親という他者を排除する「父親殺し」の物語は非民主的である。ならばこれを翻す結末を迎えねばならない。これこそが、予言などでまかせでエメットは選ばれし者ではないと明かし、一人の創造主である父親にも赦しを与えたエンディングのロジックである。単にファミリー映画だからといって優しい結末が用意された訳ではない。そこには「創造活動の民主化」というテーゼに徹底的に準じる作り手側のイズムがある。

 

 余談だが『LEGO®ムービー』はこの徹底的な「民主化」と資本主義社会への皮肉が結びついたために"マルクス主義的"と取られることもあるのだろう。あるいは絶対的な一つの"真理=インストラクション"から、ミニフィグ市民各々のアクチュアルな創作活動への脱却はマルクスが目指した社会そのものではないだろうか。

(折角 本作を機に経済思想史3冊を齧ったのでこの一文を入れておきたかった)。

 

 「創造活動の民主化」を徹底した創造論とそれに基づいた脱構築。これこそが『LEGO®ムービー』が傑作として名高い所以であり、僕の人生ベストである理由である。

 

 最後に『2001年宇宙の旅』オマージュが効果的に用いられていることも記しておこう。エメットが〈ザ・マジック・ポータル〉(名作ブリックフィルムが由来)を落ちていくシーンは無論スターゲイトシーンのパロディである。しかし、その後の「創造活動の民主化」が「人類の夜明け」のオマージュであることにあまり注目されていないように思う。
 スノビズムから脱却したワイルドスタイルの演説によりブロックシティで「創作活動の民主化」が巻き起こる。インストラクションを放棄したミニフィグ市民が思い思いにレゴを組み立てる姿は「人類の夜明け」のモノリスに触れた新人類と同様にプリミティヴである。つまり、製作者はレゴブロックを、芸術的進化を引き起こすモノリスであると讃え、ミニフィグ市民(=レゴブロックユーザー)を新人類として讃えているのだ。
 となるとこれは見事な玩具会社のコマーシャル映画であったのだなと痛感するのであった。

 

 

LEGO®ムービー2』(2019)

 続篇が今年の三月に公開された。本作は「兄妹げんか」を、クリエイター同士の摩擦のメタファーとして主軸においている。いわば、前作でインストラクションから解放された主人公の「民主化された創造活動」実践篇である。


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本作で「民主化された創造活動」の妨げとなるのは「破壊」だ。
 「破壊」を象徴するのが新キャラクター、レックス・デンジャーべスト。具体的には思春期ならではのマチズモ、トキシック・マスキュリニティ、破壊衝動を象徴している。
 それに対するアンサーとして、ワイルドスタイルの価値観の変化を再び描き、バットマンの結婚話を挿入し、クライマックスで一つの創作論を歌い上げる。
「他者との創作活動において全て思い通りに行かないのが常だ。それでも尚 手を取り合ってより良いものを創ろうという向上心をもってこそ創作活動である」前作のテーマを引き継ぎつつも、クールで大人っぽいツイストを加えた、続篇らしい結論であった。
 他にも評価すべき点は多い本作ではあるが、私が最も評価したいのは作品が(私の手でこじつけて)置かれた文脈においてである。

 『スターウォーズ』のスピンオフ『ハン・ソロ』の監督を降板したフィル・ロードクリストファー・ミラーライアン・ジョンソン監督作『LOOPER』のプロットで見事なSF映画を創り上げたという文脈。私はライアン・ジョンソン監督作『最後のジェダイ』のあまりの酷さに2018年から一年間 心を病んでいた。この病から私の心を遂に浄化してくれたのが『LEGO®ムービー2』だったのだ。これで年末の『スカイウォーカーの夜明け』を心置きなくなく楽しめそうだ。